日本特許庁のDXの歴史を知る旅(2) ペーパーレス計画の達成
日本特許庁の栄光の時代
「知財デジタルイノベーションハブ」は知財DXの情報を取り扱うメディアですが、今の知財DXを語るには日本特許庁のDXの歴史を知らなければいけない。
ということで、日本特許庁のデジタル化の歩みについて何本かの記事で語っていこうと思います。
1本目:日本特許庁のDXの歴史を知る旅(1) 日本で最初の特許情報オンライン検索システム誕生
では、続きをどうぞ。
1990年、審査業務の電子化に関する法令が成立
前回に続き、まずは関連法律を見ていきます。1990年制定の下記法律。
第一条 この法律は、電子情報処理組織の使用等により、工業所有権に関する手続の円滑な処理及び工業所有権に関する情報の利用の促進を図るため、特許法(昭和三十四年法律第百二十一号)、実用新案法(昭和三十四年法律第百二十三号)、意匠法(昭和三十四年法律第百二十五号)、商標法(昭和三十四年法律第百二十七号)及び特許協力条約に基づく国際出願等に関する法律(昭和五十三年法律第三十号。以下「国際出願法」という。)の特例を定めるものとする。
工業所有権に関する手続等の特例に関する法律 | e-Gov 法令検索 より引用
特許庁の業務の電子化に関する基礎を固める法令となっています。
この中には、大まかに言ってしまうと、電子出願の定義とはなにか、ファイルとは何か等の基本事項から、電子公報の発行、料金の納付方法、電子的な発送、閲覧、書面による手続きの電子化について(中略)等、多岐にわたる電子的な手続きに関しての規定が含まれています。
安久司郎「ペーパーレスシステムについて」『特技懇』no.293,2019 より引用
では、これを踏まえて、日本特許庁のペーパーレス化と電子出願実現の歴史を見ていきましょう。
1980年代の特許庁は全て紙運用
特許庁は1960年代から事務処理のIT化を進めていました。しかし、「紙」が出願書類や特許文献の原本である状況が続いていました。
「ペーパーレス計画」が策定される前にも、特許庁では、コンピュータの導入と事務処 理のIT化が進められ、紙の出願原簿を管理する事務処理システム(1961年)、オンライン リアルタイム処理(1973年)、登録原簿の電子化(1978年)等を順次実現してきたが、「紙」 が出願書類や特許文献の原本となっていることに変わりはなかった。
産業財産権制度125周年記念誌「第 4 章 20年を迎えた世界初の電子出願、更なる IT 化の進展」 より引用
昭和63年4月に特許庁に入庁した安久によると、当時の特許庁の様子は今では想像もつかない状態だったようです。
昭和の時代、特許庁における特許、実用新案、意匠、商標、審判の業務運用は全て紙によるものでした。コンピュータの能力がまだ未熟な当時としては仕方のないことですが、窓口に提出された願書、明細書等の紙の原本を包袋に入れて、方式、審査、公報編纂、審判、閲覧対応部署等の間をその包袋を山積みにした台車で移動させていました。
(中略)
審査部署では各審査官が自ら紙公報をファイルにまとめ、その紙公報を全て手でめくってサーチをする状況でした。方式部署では山積みの書類をめくりながら、チェックし、スタンプ押し作業を繰り返し、出願人においても、公知の特許を調べる場合は特許庁の資料館に置かれていた膨大な紙公報のファイルを手めくりするしか方法がありませんでした。特に審査部においては、今後どんどん増加する審査資料を紙公報のみで運用することには限界が見えており、電子データで検索業務を行わないと立ち行かないことは明らかでした。
安久司郎「ペーパーレスシステムについて」『特技懇』no.293,2019 より引用
安久は、昭和59(1984)年から始まっていたペーパーレス計画の事前準備として下記を挙げています。それぞれの詳細については元の資料を確認してください。
(1)新総合庁舎の建築
(2)電子計算機業務課の設置
(3)最新のコンピュータ技術の調査研究
(4)段階的なシステム開発の検討
(5)特許特別会計への移行
安久司郎「ペーパーレスシステムについて」『特技懇』no.293,2019 より引用
特許庁 総務部総務課情報技術統括室 情報技術企画室長の高橋は、「ペーパーレスシステム」の根底にある理念について下記のように語っています。
先人達が、単なる事務システムを超えた工業所有権制度を支えるための社会的基盤となるシステムの構築を目指すという理念を持っていたと解することができる。ペーパーレスシステムが工業所有権制度における社会的基盤とならなければいけないと先人達が考えていたことの証左として、例えば、以下の記載が挙げられる。
「…特許庁ペーパーレス・システムにおいては特許庁の入口から出口まで、さらには申請人や発明者・研究開発者等も含めた社会的基盤の全ての局面で電子書類(特許データ)が共通の社会的資産として活用できなければならないと考えた。」(石井正ほか「電子政府と知的財産ペーパーレスシステムの技術と開発」経済産業調査会、200頁より抜粋)
高橋克「特許庁におけるデジタル化の取組」Japio YEAR BOOK 2023 より引用
1990年 電子出願の受付を開始
ペーパーレス計画は、段階的なシステム開発が行われましたが、具体的には、下記のように分けられていました。
まず、全体のシステムを事務処理系システムと検索系システムに大きく分けて計画を策定しました。事務処理はフェーズをV1(バージョン1)からV4に区切り、V1:電子出願と特実方式審査、V2:オンライン発送と特実審査周辺、V3:意匠商標、V4:審判、PCT等という感じで段階的な計画としました。
安久司郎「ペーパーレスシステムについて」『特技懇』no.293,2019 より引用
特許と実用新案の出願を電子的に行う、いわゆる電子出願が開始されたのは、平成2(1990)年12月1日です。その後、平成5(1993)年にオンライン発送と審査周辺システム(V2)、平成12(2000)年に残された意匠・商標・審判・PCT等のシステム化が実現しました。

1990年の電子出願受付は世界に先駆けたものであり、欧州及び米国は2000年に達成したものでありました。
特許庁は、1990年に世界初の電子出願システムを導入したが、他国に おいては、韓国特許庁が1999年、欧州特許庁及び米国特許商標庁が2000年にようやくオ ンライン出願を開始したという状況であり、我が国特許庁の取組の先進性をうかがい知る ことができる。
産業財産権制度125周年記念誌「第 4 章 20年を迎えた世界初の電子出願、更なる IT 化の進展」 より引用
また、電子出願の実現によって電子公報(公開公報、特許公報)を電子的に生成できるようになりました。
電子出願されているのですから、その中にあるテキストデータと図面のイメージデータを用いれば、公開公報、特許公報等を電子的に生成することができます。(中略)
電子公報が発行されたので、いよいよ検索システムにフルテキストデータとイメージデータの複合体からなる公報のデータを蓄積することができることになりました。(中略)これは、ペーパーレス計画の最大の効果の一つでした。
安久司郎「ペーパーレスシステムについて」『特技懇』no.293,2019 より引用
また、電子公報と合わせてIPDL(J-PlatPatの前身)が登場することになります。
平成7年ころになると、コンピュータ技術のさらなる発展が一般のコンピュータ利用者の目にも見えるようになってきました。例えば、インターネットの出現とそれを利用するWEBの出現です。
(中略)
パソコンから専用の提供用サーバにインターネット接続して公報を見れるようにすることは難しくないことは明らかでした。そこで、そのように新たに開発されたシステムが特許電子図書館(IPDL)となりました。一般利用者向けに開設されたのは、平成11年3月のことになります。
安久司郎「ペーパーレスシステムについて」『特技懇』no.293,2019 より引用
まとめ
以上、日本特許庁が手続きを全て電子化するペーパーレス計画実現までの歴史を振り返りました。次回は、日本特許庁の暗黒時代「特許庁業務・システム最適化計画(第一次)の立案と失敗」について語っていきたいと思います。
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